福島第一原発が安倍首相に迫る「決断のとき」

2019年12月19日 18:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

先週、3年半ぶりに福島第一原発を視察した。以前、視察したときは、まだ膨大な地下水を処理するのに精一杯で、作業員もピリピリした感じだったが、今回はほとんどの作業員が防護服をつけないで作業しており、雰囲気も明るくなっていた。福島第一にも日常が戻ってきたのだ。

大型休憩所の食堂(東電HPより)

大型休憩所の食堂(東電HPより)

廃炉作業のうち、4号機は3・11のとき定期検査中で運転しておらず、燃料棒が損傷しなかったため、原子炉建屋の中の使用済核燃料プールから2014年に燃料棒をすべて取り出した。

問題は炉心が溶融して格納容器の底に落ち、「デブリ」と呼ばれるかたまりになっている1~3号機である。このうち3号機では、使用済核燃料プールの燃料棒を取り出すための巨大なドームが建設され、今年4月から取り出しの作業が始まったが、格納容器の底に残っているデブリは手つかずのままだ。

3号機で始まった使用済核燃料の取り出し(東電撮影)

3号機で始まった使用済核燃料の取り出し(東電撮影)

1号機と2号機も同じ状況だが、2号機では今年2月に格納容器の中でロボットがデブリに初めて接触した。その取り出しは2021年から2号機で開始する予定だというが、炉内に飛び散ったデブリを完全に除去できるのだろうか。終わるのは2041年から2051年。先の長い作業である。

廃炉作業の大きな障害になっているのが、サイトを埋め尽くす970基の貯水タンクだ。2018年度平均の汚染水発生量は170トン/日、これは最終的にALPS(多核種除去設備)で処理した「処理水」となる。タンクは増設する計画だが、2022年には満杯になる。これ以上タンクを建設するには、隣接する中間貯蔵施設の土地を使うなどの措置が考えられるが、これは現在の廃炉作業の前提を大きく踏み超える。

貯水タンク(東電撮影)

貯水タンク(東電撮影)

残された時間は少ない

もし2023年に現在の計画を超えるタンクの建設が必要だとすると、その3年前、つまり来年春には原子力規制委員会への申請が必要で、その前に処理方針を決定しなければならない。時間はほとんど残されていないのだ。

問題は誰が方針を決定するかである。いま経産省の小委員会では処理方針を議論しているが、この小委員会は処理方法を決定するのではなく、助言するだけだ。決定するのは第一義的には東電の経営陣だが、彼らだけでは決められない。海洋放出には福島県漁連が反対しているからだ。

それだけではない。近県の漁協も反対しており、最終的には全漁連の決定が必要になる可能性もある。こうなると東電と漁協が交渉して決まる問題ではなく、政治が間に入って仲介するしかないだろう。それも経産相や環境相のレベルではない。

5年半ぶりに福島第一原発を訪れた安倍首相(19年4月、政府インターネットTVより)

5年半ぶりに福島第一原発を訪れた安倍首相(19年4月、政府インターネットTVより)

安倍首相はこれまで、福島第一原発にほとんど関心を示さなかった。2013年9月にオリンピックを誘致するとき、福島に行って「国が前面に出る。国の最高責任者として、この目でしっかりと現場を見て、国民の健康や外洋を守るよう、万全を期します」と宣言し、ALPSや凍土壁の建設を国費で進めたが、その後は何も具体策を出していない。今年4月に視察に訪れただけだ。

しかしここまでこじれた問題を解決するには、安倍首相が本当に「前面に出てくる」しかないだろう。ただ来年1月にも予想される解散・総選挙の前はありえないので、その後だとすると、来年3月ごろには決断のときが来るのかもしれない。

This page as PDF

関連記事

  • 福島原発事故以降、「御用学者」という言葉がはやった。バズワード(意味の曖昧なイメージの強い言葉)だが、「政府べったりで金と権勢欲のために人々を苦しめる悪徳学者」という意味らしい。今は消えたが2012年ごろまで「御用学者リスト」(写真)がネット上にあった。卑劣にも、発表者は匿名で名前を羅列した。それを引用し攻撃を加える幼稚な輩もいた。
  • 東日本大震災と原発事故災害に伴う放射能汚染の問題は、真に国際的な問題の一つである。各国政府や国際機関に放射線をめぐる規制措置を勧告する民間団体である国際放射線防護委員会(ICRP)は、今回の原発事故の推移に重大な関心を持って見守り、時機を見て必要な勧告を行ってきた。本稿ではこの間の経緯を振り返りつつ、特に2012年2月25-26日に福島県伊達市で行われた第2回ICRPダイアログセミナーの概要と結論・勧告の方向性について紹介したい。
  • 四国電力の伊方原発3号機の運転差し止めを求めた仮処分の抗告審で、広島高裁は16日、運転の差し止めを認める決定をした。決定の理由の一つは、2017年の広島高裁決定と同じく「9万年前に阿蘇山の約160キロ先に火砕流が到達した
  • CO2が増えたおかげで、グローバル・グリーニング(地球の緑化、global greening)が進んでいる。このことは以前から知られていたが、最新の論文で更に論証された(英語論文、英語解説記事)。 図1は2000年から2
  • 企業で環境・CSR業務を担当している筆者は、様々な識者や専門家から「これからは若者たちがつくりあげるSDGs時代だ!」「脱炭素・カーボンニュートラルは未来を生きる次世代のためだ!」といった主張を見聞きしています。また、脱
  • 東日本大震災を契機に国のエネルギー政策の見直しが検討されている。震災発生直後から、石油は被災者の安全・安心を守り、被災地の復興と電力の安定供給を支えるエネルギーとして役立ってきた。しかし、最近は、再生可能エネルギーの利用や天然ガスへのシフトが議論の中心になっており、残念ながら現実を踏まえた議論になっていない。そこで石油連盟は、政府をはじめ、広く石油に対する理解促進につなげるべくエネルギー政策への提言をまとめた。
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 前回の論点⑳に続いて「政策決定者向け要約」の続き。前回と
  • ドイツで薬不足が続いている。2年前の秋ごろも、子供用の熱冷ましがない、血圧降下剤がない、あれもない、これもないで大騒ぎになっていたが、状況はさらに悪化しており、現在は薬だけでなく、生理食塩水までが不足しているという。 生

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑