原子力規制委員会は大幅な増員が必要だ
原発のテロ対策などを定める特重(特定重大事故等対処施設)をめぐる混乱が続いている。九州電力の川内原発1号機は、今のままでは2020年3月17日に運転停止となる見通しだ。

川内原発1号機(九州電力サイトより)
原子力規制委員会の更田委員長は「特重の完成が期限内に間に合わない場合、期限の翌日から運転停止を命じる」というが、原子炉等規制法では規制委員会が「停止命令」を出すことができるのは重大な違法行為があった場合に限られる。いま適法に運転している原発が、来年3月18日から急に違法になるわけではない。
どこの国でも安全審査は運転と並行して行うが、日本では田中前委員長が安全審査の終わるまで運転を許可しないという私案をつくったので、安全審査がボトルネックになって原発が運転できない。このため今運転できる原発は9基しかなく、特重のタイムリミットが来るとそれがすべて止まる。
特重の工事が遅れた最大の原因は、その規制基準が決まるまでに2年以上かかり、さらに工事計画の認可に1年以上かかったことだ。おかげで5年の猶予期間のうち、工事に残された時間は2年もない。遅れの最大の原因は規制委員会なのだ。
この原因は、審査するスタッフが足りないことだ。規制委員会とその事務局である原子力規制庁のスタッフは約1000人で、アメリカのNRC(原子力規制委員会)の約4000人よりはるかに少ない。
こういうケースは原子力だけではなく、アメリカのSEC(証券取引委員会)のスタッフは4300人だが、日本の証券取引等監視委員会は400人。このような独立行政委員会は日本には少なく、ほとんど自立した組織として機能していない。
その原因は「言論アリーナ」で諸葛さんも指摘したように、安全審査や定期検査を電力会社(特に東京電力)に丸投げして、自主規制させていたからだ。審査の大部分は電力会社がやり、かつての原子力安全委員会は1ヶ月ぐらいの審査で合格にしたという。
これを是正するために原子力規制委員会は、NRCをモデルにして所管官庁の命令を受けない三条委員会(国家行政組織法第3条に定める各省と同格の委員会)として独立性を強めたが、これが逆効果になった。
事務局の規制庁はいろいろな官庁からの出向者の寄り合い所帯になり、意思決定に時間がかかるようになった。安全審査に膨大な書類が要求され、規制基準にも整合性がなく、特重のように事後的に規制が強化される。経済産業省との人事交流もなくなったので、大事な情報が入らない。
このように規制委員会が機能しない本質的な原因は、今まで電力会社に蓄積された専門知識でやってきた審査を、役所が直接やる方式に変えたことだ。それが機能するには、規制委員会を独立の専門家集団にし、すべての知識を役所に統合しなければならない。
役所と電力会社の関係は、日本の大企業の親会社と下請けの関係と同じで、役所が細かいことまで介入しなくてもいいので、平時には効率がいい。おかげで日本の公務員の数は、人口の3.7%と先進国で最小だ。
しかしこういう長期的関係は、役所と業者の利害が一致していないと機能しないので、業者の利益に反する規制ができない。原発事故のような「有事」には両者の利害が大きく食い違い、にっちもさっちも行かなくなる。
この点で行政と業者が対立関係にある欧米の公務員とはまったく違う。どちらがすぐれているかは一概にはいえないが、日本の原子力規制委員会のように、スタッフも審査能力も足りないのに、すべてやろうとするのは最悪である。
三条委員会は日本では機能しないというのが行政学の定説だが、原子力規制委員会はそれを見事に証明した。普通の国では安全審査に時間がかかることは大きな問題ではないが、日本ではそれが原発を止める結果になるため、実害は非常に大きい。
本来は安全審査と運転を切り離すべきだが、安倍政権は審査の完了を再稼働の条件にしたので、必要なのは規制委員会のスタッフを増員することだ。原子力の専門知識をもつ人は少ないので、電力会社からの出向も増やすべきだ。人件費は多少増えるが、原発を無駄に止めている1日数十億円のコストよりはるかに小さい。

関連記事
-
昨年3月11日以降、福島第一原子力発電所の事故を受け、「リスクコミュニケーション」という言葉を耳にする機会が増えた。
-
アゴラ研究所は、9月27日に静岡で、地元有志の協力を得て、シンポジウムを開催します。東日本大震災からの教訓、そしてエネルギー問題を語り合います。東京大学名誉教授で、「失敗学」で知られる畑村洋太郎氏、安全保障アナリストの小川和久氏などの専門家が出席。多様な観点から問題を考えます。聴講は無料、ぜひご参加ください。詳細は上記記事で。
-
英国の研究所GWPFのコンスタブルは、同国の急進的な温暖化対策を、毛沢東の大躍進政策になぞらえて警鐘を鳴らしている。 Boris’s “Green Industrial Revolution” is Economic L
-
池田(アゴラ)・日本の公害運動のパイオニアである、リスク論の研究者である中西準子さんが、1981年に「リスク許容度」という言葉を日本で初めて使ったとき、反発を受けたそうです。災害で「ゼロリスク」はあり得ない。
-
米国のトランプ次期大統領が閣僚候補者を次々に指名している。エネルギーと環境に関して、その方向性ははっきりしている。 以下の、バーガム、ライト、ゼルディンの3氏は全員、石油・ガス・石炭などの化石燃料の開発・利用に関する規制
-
全国知事会が「原子力発電所に対する武力攻撃に関する緊急要請」を政府に出した。これはウクライナで起こったように、原発をねらって武力攻撃が行われた場合の対策を要請するものだ。 これは困難である。原子力規制委員会の更田委員長は
-
細川護煕元総理が脱原発を第一の政策に掲げ、先に「即時原発ゼロ」を主張した小泉純一郎元総理の応援を受け、東京都知事選に立候補を表明した。誠に奇異な感じを受けたのは筆者だけではないだろう。心ある国民の多くが、何かおかしいと感じている筈である。とはいえ、この選挙では二人の元総理が絡むために、国民が原子力を考える際に、影響は大きいと言わざるを得ない。
-
1月20日、ドナルド・トランプ大統領の第2次政権の発足直後、ドイツの公共第2放送の総合ニュースでは、司会の女性がものすごく深刻な顔でニコリともせずにそれを報じた。刻々と近づいていた巨大ハリケーンがついに米国本土に上陸して
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間