「グリーン・ニューディール」で喜ぶのは誰か

2019年02月14日 17:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

アメリカ議会では、民主党のオカシオ=コルテス下院議員などが発表した「グリーン・ニューディール」(GND)決議案が大きな論議を呼んでいる。2020年の大統領選挙の候補者に名乗りを上げた複数の議員が署名している。これはまだドラフトの段階だが、公式サイトによると次のような目標を「10年以内に実現する」ことを連邦政府に求めるものだ(今は一時的に削除されている):

  • 電力を100%再生可能エネルギーで供給する
  • すべての住宅や建物のエネルギー効率を改善する
  • 製造業や農業の温室効果ガス排出をなくす
  • 自動車や航空機など交通機関の温室効果ガス排出をなくす

すべての自動車や航空機から温室効果ガスをなくす(eliminate)というのは、ガソリン自動車やジェット機を廃止し、電気自動車や電車に変えるという意味らしい。この案では同時に次のような「貧困除去計画」を掲げている:

  • 職を求めるすべての人の就労を保障する雇用保障
  • すべての国民へのベーシック・インカムの保障
  • すべての国民への医療保障

これは法案ではないので、法的拘束力はない。共和党は全面的に反対しており、民主党の中でもペロシ下院議長は「グリーンの夢」と呼ぶなど、否定的な意見が少なくない。しかし大衆レベルでは支持が広がっており、これが大統領選挙の争点になる可能性もある。

米メディアの反応も、おおむね冷笑的だ。たしかに地球温暖化は現実の問題であり、緊急の対策が必要だが、全米の電力を10年で100%再エネに変えるには、少なくとも年間2.9兆ドルかかる、とWSJは評している。これは連邦政府の税収に匹敵する。

ベーシック・インカムのコストは所得の保障額によって違うが、すべてのアメリカ国民に年間1万ドルを保障すると3.3兆ドルかかる。

しかしGNDが高くつくことは、民主党にとっては短所ではなく長所である。これは1930年代のニューディールと同じく、政府支出を増やして雇用を創出することが目的だからだ。

財源は明記されていないが、オカシオ=コルテスは「所得税の最高税率70%」を主張している。彼女は「政府支出はドルを印刷すればいくらでも増やせる」という経済理論(MMT)の信奉者である。

上院では共和党が多数なので、この決議案が成立する見通しはない。その内容が荒唐無稽であるばかりでなく、ルーズベルト大統領の登場した大恐慌の時代とは違って、今はこのように大規模な財政政策の必要な状況ではないからだ。

GNDをもっとも喜んでいるのは、トランプ大統領である。オカシオ=コルテスは「民主社会主義」を標榜するバーニー・サンダースの支持者であり、民主党がこのように極左的な方針に傾斜すると、政治的にはトランプ大統領の再選に有利に働く。彼はこれを「すばらしい!」と歓迎している。

 

GNDが予想外に大きな反響を呼んでいるのは、貧富の格差が拡大するアメリカが「社会主義化」する兆候かもしれない。それがトランプ再選を助ける結果になるとすれば、日本国民としてはありがたくない決議案である。

This page as PDF

関連記事

  • 各種機関から、電源コストを算定したレポートが発表されている。IRENAとJ.P.Morganの内容をまとめてみた。 1.IRENAのレポート 2022年7月13日、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、「2021年
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 今回は、ややマニアックな問題を扱うが、エネルギー統計の基本に関わる重要な問題なので、多くの方々に知っていただきたいため、取り上げる。 きっかけは「省エネ法・換算係数、全電源平均
  • 9月11日に日本学術会議が原子力委員会の審議依頼に応じて発表した「高レベル放射性廃棄物の処分について」という報告書は「政府の進めている地層処分に科学者が待ったをかけた」と話題になったが、その内容には疑問が多い。
  • 直面する東京電力問題において最も大切なことは、1.福島第一原子力発電所事故の被害を受けた住民の方々に対する賠償をきちんと行う、2. 現在の東京電力の供給エリアで「低廉で安定的な電気供給」が行われる枠組みを作り上げる、という二つの点である。
  • 英国の大手大衆紙ザ・サンが、脱炭素に邁進する英国政府に、その経済負担について明らかにするように社説で迫っている。 記事概要は以下の通り: 政府が隠していた理由が判った。ボリス・ジョンソンが掲げた「2050年までに脱炭素」
  • 第1回「放射線の正しい知識を普及する研究会」(SAMRAI、有馬朗人大会会長)が3月24日に衆議院議員会館で行われ、傍聴する機会があった。
  • 3月11日の大津波により冷却機能を喪失し核燃料が一部溶解した福島第一原子力発電所事故は、格納容器の外部での水素爆発により、主として放射性の気体を放出し、福島県と近隣を汚染させた。 しかし、この核事象の災害レベルは、当初より、核反応が暴走したチェルノブイリ事故と比べて小さな規模であることが、次の三つの事実から明らかであった。 1)巨大地震S波が到達する前にP波検知で核分裂連鎖反応を全停止させていた、 2)運転員らに急性放射線障害による死亡者がいない、 3)軽水炉のため黒鉛火災による汚染拡大は無かった。チェルノブイリでは、原子炉全体が崩壊し、高熱で、周囲のコンクリ―ト、ウラン燃料、鋼鉄の融け混ざった塊となってしまった。これが原子炉の“メルトダウン”である。
  • GEPR編集部は、ゲイツ氏に要請し、同氏の見解をまとめたサイト「ゲイツ・ノート」からエネルギー関連記事「必要不可欠な米国のエネルギー研究」を転載する許諾をいただきました。もともとはサイエンス誌に掲載されたものです。エネルギーの新技術の開発では、成果を出すために必要な時間枠が長くなるため「ベンチャーキャピタルや従来型のエネルギー会社には大きすぎる先行投資が必要になってしまう」と指摘しています。効果的な政府の支援を行えば、外国の石油に1日10億ドルも支払うアメリカ社会の姿を変えることができると期待しています。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑