核兵器を持つ意義はあるのだろうか

2018年02月20日 06:00
アバター画像
NPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員 元東京大学特任教授

GEPRフェロー 諸葛宗男

はじめに

米国の核の傘があてにならないから、日本は核武装すべきだとの意見がある。米国トランプ大統領は、日本は米国の核の傘を当てにして大丈夫だと言いつつ日本の核武装を肯定している。国内でも核武装論をタブー視せず、議論の俎上に載せるべきとの意見が台頭している。核武装するか否かは政策決定者が決めることであるが、本稿では我が国が核兵器を持つ意義があるのか否かについて検討した。

広島、長崎を見て世界が核エネルギーに震撼した

1944年8月6日広島、3後の9日長崎に原爆が落とされ、その6日後に日本が降伏して第2次世界大戦が終結した。24万人もの市民が殺されたことに世界は震撼した。好むと好まざるに拘わらず核兵器を持つ事が強者の代名詞になり、当時は世界の有力国が核開発に邁進した。そして米国、旧ソ連、英国、仏国、中国が核実験を重ね核兵器国は5ヶ国になった。その後1968年に核兵器の不拡散に関する条約(NPT条約)が締結され上記の5ヶ国が核兵器国として認定[注1]され、それ以外の国は核兵器の所有が認められなくなった。

戦後の日本の漫画で人気が高かったのは鉄腕アトムだが、発売されたのは丁度この1952年から1968年頃である。当時は日本でも核エネルギーへの人気が高かったことがわかる。その頃、核エネルギーはまだ鉄腕アトムの様に万能だと思われていたからだろうという人もいる。終戦直後は核クラブ(核兵器を持つ国)に入ることが国際的発言権確保の暗黙条件とされていたし、これが英国や仏国の核開発の動機になったものと思われる。

国連の安全保障理事会の常任理事国は全て核保有国

今の国際社会で最も高い権威を有しているのは国連だが、意外と知られていないのは、その国連の安全保障理事会の5つの常任理事国(米国、ロシア、英国、仏国、中国)が全て核兵器国だ[注2]ということである。このことは核を持っていることが国際的発言権を高めていたことの何よりの証座であろう。ここで注目したいのはインド、パキスタン、イスラエル等その後の事実上の核兵器国である。彼らは核不拡散条約(NPT)の核兵器国にされていないし、国連安保理の常任理事国にもなっていないのである。

その理由は何なのであろうか。恐らく、核兵器国5ヶ国が意思決定権者の増加を歓迎しなかった可能性が高い。核兵器国が核不拡散政策の推進に熱心なのはそのせいなのかも知れない。核兵器国になっても国連安保理の常任理事国になれず国際安全保障への発言力が高まらないとすれば、国際的な地位を高めるためだけに高い費用を掛けて核兵器を開発する意味は薄れてきたように思える。

北朝鮮の核兵器に対抗して核兵器を持つ意義はあるか

北朝鮮であろうが他のどの国であろうが、日本に原爆を落とす可能性があるだろうか。もし、日本に原爆が落とされたらすぐに米国が反撃してその国に原爆を打ち込むことになる。常識的にはそれを恐れて日本に原爆を落とそうとはしない。それが米国の核の傘、すなわち核の抑止力である。しかし、米国に反撃された国は次に米国本土に原爆を落とす可能性がある。米国がそのリスクを冒してまで日本を守ってくれるだろうかという疑問が生ずる。北朝鮮もそのことを念頭に置き核開発の目的が米国だと繰り返し公言しているのであろう。しかし、北朝鮮の核兵器は10発程度だと見られており、自国を焦土化するリスクを冒してまで約5,000発の核兵器を持つ米国[注3]と本気で核戦争することは合理的には有り得ない。むしろ北朝鮮の狙いは南北統一実現時に少しでも自国を有利にするための条件闘争だと考えるのが自然であろう。とすれば我が国が核武装したとしても状況が好転する可能性は低い。したがって我が国が核武装する意義は極めて乏しいといえる。

どうしても核兵器が必要ならニュークリア・シェアリングがある

NPT発足時には秘匿されていたがNATOにはニュークリア・シェアリングと言って米国の核兵器を有事の際、非核兵器保有国が米国の了承を得て使用できるシステムがある。現在はベルギー、ドイツ、イタリア、オランダの4カ国が参加している。日本も検討したようであるが、非核三原則、特に”持ち込まず“の原則があるためなのか実現していない。現在は核兵器が大幅に進歩し相手国に近接する必要性が以前より大幅に薄れているため、ニュークリア・シェアリングの必要性は限りなく低下している。しかし、上述した北朝鮮問題で政策的に国内に核兵器が必要になるのだとしたら、このニュークリア・シェアリングは有力な選択肢である。以前は非核三原則がネックになって断念したようであるが、同じ敗戦国のドイツも実施しているのであれば、日本が核武装するよりはずっとましな選択肢である。

核武装政策の選択は非核兵器国に誤ったメッセージになる

どうしても気になるのは、もし我が国が非核政策を転換して核武装政策を採ったら、核武装いないと国の安全は守れないと言う誤ったメッセージを国際社会に与え、潜在的能力を有している国が雪崩を打って事実上の核兵器国が増えてしまうのではないか。欧州にはこのことを懸念して英国、仏国の核保有に批判的意見[注4]が根強く存在するようである。このことはアジアにおける我が国の場合にも当て嵌まる考え方である。このことからも核武装政策の選択は賢明な政策だとは言えまい。

以上

[注1] 外務省「核兵器不拡散条約(NPT)の概要」,第9条3に“この条約の適用上、「核兵器国」とは、1967年1月1日以前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国をいう”とされている。2018.2.18閲覧, http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/npt/gaiyo.html

[注2] 外務省「国連安全保障理事会(安保理)とは」, 2018.2.18閲覧, http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/un_anpori/torikumi/anpori.html

[注3] (社)原子燃料政策研究会「核軍縮・核廃絶のために世界の核兵器の現状」,2016.9 http://www.cnfc.or.jp/j/arsenal/index.html

[注4] 塚本他「核武装と非核の選択―拡大抑止が与える影響を中心に―」, 防衛研究所紀要第11 巻第2 号,p.9 1~2行目,2009年1月

This page as PDF
アバター画像
NPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員 元東京大学特任教授

関連記事

  • イタリアがSMRで原子力回帰 それはアカンでしょ! イタリアがメローニ首相の主導のもとに原子力に回帰する方向だという。今年5月に、下院で原発活用の動議が可決された。 世界で最初の原子炉を作ったのはイタリア出身のノーベル物
  • 4月5日、ロバート・F・ケネディ・ジュニアが、2024年の大統領選に立候補するために、連邦選挙委員会に書類を提出した。ケネディ氏は、ジョン・F・ケネディ元大統領の甥で、暗殺されたロバート・F・ケネディ元司法長官の息子であ
  • ウクライナ戦争の帰趨は未だ予断を許さないが、世界がウクライナ戦争前の状態には戻らないという点は確実と思われる。中国、ロシア等の権威主義国家と欧米、日本等の自由民主主義国家の間の新冷戦ともいうべき状態が現出しつつあり、国際
  • 2015年11月24日放送。出演は鈴木達治郎氏(長崎大学核兵器廃絶研究センター長・教授)、池田信夫氏(アゴラ研究所所長)、司会は石井孝明氏(ジャーナリスト)。核兵器廃絶を求める科学者らの「パグウォッシュ会議」が今年11月の5日間、長崎で開かれました。鈴木氏は、その事務局長として会議を成功に導きました。また14年まで国の原子力政策を決める原子力委員会の委員長代理でした。日本の原子力の平和利用を考えます。
  • 2015年のノーベル文学賞をベラルーシの作家、シュベトラーナ・アレクシエービッチ氏が受賞した。彼女の作品は大変重厚で素晴らしいものだ。しかし、その代表作の『チェルノブイリの祈り-未来の物語』(岩波書店)は問題もはらむ。文学と政治の対立を、このエッセイで考えたい。
  • 【要旨】過去30年間、米国政府のエネルギー技術革新への財政支援は、中国、ドイツ、そして日本などがクリーン・エネルギー技術への投資を劇的に増やしているにもかかわらず著しく減少した。政府のクリーン・エネルギー研究開発への大幅な支出を増やす場合に限って、米国は、エネルギー技術革新を先導する現在の特別の地位を占め続けられるはずだ。
  • 人間社会に甚大な負の負担を強いる外出禁止令や休業要請等の人的接触低減策を講ずる目的は、いうまでもなく爆発的感染拡大(すなわち「感染爆発」)の抑え込みである。したがって、その後の感染者数増大を最も低く抑えて収束させた国が、
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 以前、「IPCC報告の論点⑥」で、IPCCは「温暖化で大

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑