国交省が作り出す「EVのジレンマ」
トヨタ自動車が、ようやく電気自動車(EV)に本腰を入れ始めた。今までも試作車はつくっており、技術は十分あるが、「トヨタ車として十分な品質が保証できない」という理由で消極的だった。それが今年の東京モーターショーでは次世代の技術「全固体電池」の開発に力を入れていると強調し、「EV企画室」を社内カンパニーに移管すると発表した。
しかし問題は技術だけではない。2040年ぐらいまでの長期では、EV(ハイブリッドを含む)の生産台数が内燃機関をしのぐという予想が多いが、その前提は配車サービス・カーシェアリングなどのTaaS (Transport as a Service)だ。充電は自家用車では限界があり、配車と充電を一体で行うインフラが整備されないと、EVの普及は進まない。つまりEVの普及は、
1.自動車の保有形態の多様化
2.内燃機関から電池への移行
3.自動運転などのIT化
という3要素が補完的に働いて進むと予想される。特にインフラ整備で重要なのは1だが、これは自動車業界にとって喜ぶべきこととも限らない。そうでなくとも都市部では「クルマ離れ」が進行し、図のように2012年から乗用車の国内販売台数は減っている(自動車工業会調べ)。この傾向は、配車サービスが普及すると、いっそう強まるだろう。
ところが役所の所管は、1は国土交通省、2は経済産業省、3は総務省とわかれ、しかも国交省にはEVの普及を促進するインセンティブがない。今年の国土交通白書は「イノベーションが切り拓く新時代と国土交通行政」がテーマだが、配車サービスについては、こう書いている。
自家用車を用いたいわゆる「ライドシェア」については、運行管理や車両整備等について責任を負う主体を置かないままに、自家用車のドライバーのみが運送責任を負う形態を前提としており、このような形態の旅客運送を有償で行うことは、安全の確保、利用者の保護等の観点から問題があり、極めて慎重な検討が必要
「極めて慎重な検討が必要」というのは、霞ヶ関文学で「やらない」という意味だ。ウーバーのサービスについてはタクシー業界が労使ともに強硬に反対しており、日本で認められる見通しは立たない。
タクシー業界の市場規模は自動車産業(52兆円)の3%ぐらいだが、衰退産業の政治力が弱いとは限らない。むしろ規制で守るしか生き残る道がないので、ロビイングの力は発達する(農業をみればわかる)。
中国では「滴滴」などの配車サービスの利用者が4億人以上に達するという。これは自家用車を買う経済力がないことが原因だが、中国政府は配車サービスと一体で充電インフラの整備も進めており、この分野で日本を圧倒する可能性もある。
これはパソコンがIBMの経営を脅かし、インターネットが電話料金を大きく引き下げたのと同じ破壊的イノベーションのジレンマだ。独占企業は消えるが、コストが下がって消費は広がり、産業全体は大きくなる。それを規制で止めることは既存企業を延命するだけで、結果的には業界全体がグローバル化の敗者になる。それが1990年代以降、日本のIT業界が経験したことである。
関連記事
-
「気候変動についての発信を目指す」気象予報士ら44人が共同声明との記事が出た。 マスコミ報道では、しばしば「物事の単純化」が行われる。この記事自体が「地球温暖化による異常気象が深刻化する中」との前振りで始まっており、正確
-
カナダが熱波に見舞われていて、熱海では豪雨で土砂災害が起きた。さっそく地球温暖化のせいにするコメンテーターや自称有識者が溢れている。 けれども地球の気温はだいだい20年前の水準に戻ったままだ。 図は人工衛星による地球の大
-
横浜市が市内の小中学校500校のうち65校の屋根にPPAで太陽光発電設備を設置するという報道を見ました。記事からは分かりませんが、この太陽光パネルの製造国はどこなのでしょう。 太陽光発電、初期費用なしPPAが設置促す 補
-
きのうの言論アリーナで、諸葛さんと宇佐美さんが期せずして一致したのは、東芝問題の裏には安全保障の問題があるということだ。中国はウェスティングハウス(WH)のライセンス供与を受けてAP1000を数十基建設する予定だが、これ
-
前回に続いてルパート・ダーウオールらによる国際エネルギー機関(IEA)の脱炭素シナリオ(Net Zero Scenario, NZE)批判の論文からの紹介。 A Critical Assessment of the IE
-
1. 寒冷化から温暖化への変節 地球の気候現象について、ざっとお浚いすると、1970~1980年代には、根本順吉氏らが地球寒冷化を予測、温室効果ガスを原因とするのではなく、予測を超えた変化であるといった立場をとっていた。
-
オランダの物理学者が、環境運動の圧力に屈した大学に異議を唱えている。日本でもとても他人事に思えないので、紹介しよう。 執筆したのは、デルフト工科大学地球物理学名誉教授であり、オランダ王立芸術・科学アカデミー会員のグウス・
-
広島、長崎の被爆者の医療調査は、各国の医療、放射能対策の政策に利用されている。これは50年にわたり約28万人の調査を行った。ここまで大規模な放射線についての医療調査は類例がない。オックスフォード大学名誉教授のW・アリソン氏の著書「放射能と理性」[1]、また放射線影響研究所(広島市)の論文[2]を参考に、原爆の生存者の間では低線量の被曝による健康被害がほぼ観察されていないという事実を紹介する。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間