EVは「第二のPC革命」になるか

2017年08月30日 06:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

最近にわかにEV(電気自動車)が話題になってきた。EVの所有コストはまだガソリンの2倍以上だが、きょう山本隆三さんの話を聞いていて、状況が1980年代のPC革命と似ていることに気づいた。

今はPC業界でいうと、70年代末の革命前夜ぐらいだろう。当時はアップルやタンディやアタリなどのPCメーカーがたくさん出てきたが、ゲーム以外に用途のない「高価なおもちゃ」とみられていた。IBMが1981年に発表したIBM-PCも、わずか1年半で開発された「モジュール」の寄せ集めだった。

IBMは開発を急ぐため、中核部品であるCPUとOSを外注した。これはEVでいうと、電池とモーターを外注したような(IBMにとっては)大失敗だった。おかげで市場は一挙に臨界点を超えて爆発的に拡大したが、アジアから安価な「クローン」が大量に対米輸出され、IBMは10年後には倒産の一歩手前まで追い詰められた。

電池のコストは10年ぐらいの視野でみると、今の半分ぐらいにはなるだろうが、問題はその先である。半導体の材料はシリコンで原価はほぼゼロなので、「ムーアの法則」でコストは劇的に下がったが、リチウムは稀少金属だ。大量生産に耐えられるのだろうか。この他にもEVには、充電に時間がかかるとか航続距離が短いとか、技術的問題が多い。

しかしPCの経験からいうと、そういう難点は市場が臨界点を超えれば踏み超えられる。80年代初期の大型コンピュータとPCの性能の差は、今のガソリン車とEVの差よりはるかに大きかった。だから究極の問題は、臨界点がいつ来るのか(そもそも臨界点が存在するのか)である。

これは要素技術だけではなく、インフラや政策もからむ。フランスやイギリスは、2040年までに内燃機関の販売を禁止する方針を打ち出し、中国はEVの累積台数で世界トップになった。PC革命のとき日本は、「第5世代コンピュータ」のような人工知能で資源と才能を空費した。

気になるのは、トヨタの動きが鈍いことだ。彼らは「臨界点が来たら、当社のほうがいいものをつくれる」と思っているのかもしれないが、昔のIBMもそう考えていた。1987年にIBMがウィンドウシステムのPS/2を出したとき、多くの人が「勝負はついた」といったが、実はそのときはもう遅かったのだ。

以上は大ざっぱな見取り図にすぎない。EVについては日本にほとんど信頼すべき一次情報がないので、今後もGEPRで調査していきたい。

This page as PDF

関連記事

  • 現在世界で注目を集めているシェールガス革命。この動きをいち早く分析したエネルギーアナリストとして知られる和光大学の岩間剛一教授に寄稿をいただきました。分かりやすく、その影響と問題点も示しています。
  • 2022年の年初、毎年世界のトレンドを予想することで有名なシンクタンク、ユーラシアグループが発表した「Top Risks 2022」で、2022年の世界のトップ10リスクの7番目に気候変動対策を挙げ、「三歩進んで二歩下が
  • IPCCの第6次報告書(AR6)は「1.5℃上昇の危機」を強調した2018年の特別報告書に比べると、おさえたトーンになっているが、ひとつ気になったのは右の図の「2300年までの海面上昇」の予測である。 これによると何もし
  • (見解は2016年11月18日時点。筆者は元経産省官房審議官(国際エネルギー・気候変動担当)) (IEEI版) 米大統領選当選でドナルド・トランプ氏が当選したことは世界中を驚かせた。そのマグニチュードは本年6月の英国のE
  • 米国の保守系シンクタンクであるハートランド研究所が「STOPPING ESG」という特集ページをつくっているので紹介します。同研究所トップページのバナーから誰でも入ることができます。 https://www.heartl
  • 米国では発送電分離による電力自由化が進展している上に、スマートメーターやデマンドレスポンスの技術が普及するなどスマートグリッド化が進展しており、それに比べると日本の電力システムは立ち遅れている、あるいは日本では電力会社がガラバゴス的な電力システムを作りあげているなどの報道をよく耳にする。しかし米国内の事情通に聞くと、必ずしもそうではないようだ。実際のところはどうなのだろうか。今回は米国在住の若手電気系エンジニアからの報告を掲載する。
  • 九州電力の川内原発が7月、原子力規正委員会の新規制基準に適合することが示された。ところがその後の再稼働の道筋がはっきりしない。法律上決められていない「地元同意」がなぜか稼働の条件になっているが、その同意の状態がはっきりしないためだ。
  • 今週、ドイツ最大の週刊紙であるDie Zeit(以下、ツァイトとする。発行部数は100万部をはるかに超える)はBjorn Stevens(以下、スティーブンス)へのインタビューを掲載した。ツァイトは、高学歴の読者を抱えて

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑