長期間にわたる放射線被曝についての新しい見解 — MITの研究が示した低線量被曝のDNAへの少ないリスク

2012年06月25日 16:00

MITニュースに5月15日に公開された「A new look at prolonged radiation exposure-MIT study suggests that at low dose-rate, radiation poses little risk to DNA
のGEPR編集部による翻訳を掲載する。この記事は、同校の研究を紹介するMITニュースの5月15日付の記事に掲載された。

(本文)
マサチューセッツ工科大学(MIT)の科学者たちによる新しい研究では、米国政府が原子力事故の際に人々が避難すること決める指標について、あまりにも保守的ではないかという考えを示している。

学術誌「環境と健康をめぐる知見」(Environmental Health Perspective)
に発表されたベビン・エンゲルワード、ジャクリーン・ヤンチが行った研究によれば、複数のねずみに5週間にわたって自然放射線の400倍の放射線照射をしたが、DNAへの損傷は観察されなかった。

現在の米国で採用されている規制によれば、自然放射線の8倍のレベルの放射線が届く地域に住む人は避難を行わなければならないとしている。しかし、研究者らによれば、そうした移動の経済的、また精神的なコストは、まったく無意味なものになるかもしれないという。

「その数値が危険な水準であるということを示すデータはありません」とMITの原子力科学・工学学部、上級講師ヤンチは語る。「この論文が示しているのは平均的自然放射線比で400倍の放射線であっても、遺伝子の損傷を検出できなかったということです。原子力発電所の事故や核爆弾が爆発した際に、避難するか、そこにいて大丈夫かを考える場合に、その近くにいる何10万人もの人の行動に、この研究は大きな影響を与えるかもしれません」。

現在まで、長期にわたる低線量被曝の影響を測定した研究は非常に少なかった。この研究は自然放射線の400倍の水準という低い放射線量(1分当たり0.0002センチグレイ、1年当たり105センチグレイ)での遺伝子の損傷を測定した最初の研究になる。

「これまでの放射能研究のほとんどすべては、対象に一回、短時間、放射能を浴びせるものでした。それでは長期の条件下とは、まったく異なる生物学的な結果となってしまいます」と、MITの生物工学のエンゲルワード准教授は語る。

どれくらいの放射線が影響を与えるのか?

宇宙放射線や環境内の放射性物質から自然放射線は発生する。これらの発生源は平均して1年分の1人当たりで、0.3センチグレイになる。

「低線量の放射線への被曝は自然なことであり、生物に必要なことであろうとさえいう人もいます。問題であるのは、どのくらいの量を超えたら私たちの健康に与える悪影響を心配する必要があるのかということです」とヤンチは語る。

これまでの研究では、今回の研究の総被曝量10.5センチグレイの放射線が、一度にその量が照射された場合にDNAが損傷した例があった。しかし今回の研究で研究者は、放射性ヨウ素を発生源にして5週間の期間にわたり分散して照射した。放射性ヨウ素から発した放射線は、日本の原発事故で損傷した福島原発から拡散する放射線と似た状況となった。

5週間経過した後で、研究者は現在利用できる最も検査の精度の高い技術を利用して、数種類のDNAの損傷を調べた。こうした損傷の型は主に2つに分けられる。一つはDNAの基礎物質(ヌクレオチド)の構造が変化してしまうことと、DNAの2重ら線構造が壊れてしまうことだ。両方の型において重要な変化は認められなかった。

DNAの損傷は自然放射線のレベルでも起こるもので、少なめに見積もっても一つの細胞に1日当たりおよそ1万回生じる。損傷の大半はそれぞれの細胞内にあるDNAの修復システムによって回復される。研究者らは、この研究における放射線の量では1細胞で1日当たり最大で更に12倍程度に損傷が生じたことを推測するが、それらすべてが修復されたと見られる。

研究は5週間で終わったが、エンゲルワードはそれより長い実験期間でも同じ結果になると考えている。「この実験で学んだのは、そもそも400倍のレベルの放射線ではそれほど細胞は損傷しないことで、生物は有効なDNAの修復システムを持っているということです。私の推測では、ネズミにいつまでも400倍の放射線を浴びせても、DNAにさほど重大な損傷を与えないでしょう」。

マクマスター大学の医療物理学、応用放射線学教授のダグ・ボレアムは人が恐れているほど低線量の放射線被曝が有害ではないことの、増えつつある証拠として、この研究が加えられるだろうという。

この研究には関わっていないボレアムは、「目下、すべての放射線が人間に悪いものであり、わずかの放射線量でも積算され、がんのリスクが増えるかのように信じられています。そしてそれが事実ではないという証拠が現在築き上げられています」と述べる。

保守的な評価

避難基準の根拠となる放射線研究の大半は、もともとは原子力関係の作業場で安全に仕事を行うことを目的にしており、それは非常に保守的な基準になりがちであると、ヤンチは指摘している。労働現場での適用を考えた場合に、雇用者が従業員全員の防護を一度にすることでコスト負担が少なくなるため、これは道理にかなっている。

しかし「放射能汚染された環境にいて、その汚染源がコントロールできなくなった場合、住民が自身で防護しなければならなくなります」とヤンチ氏は語る。「その人々は家や地域社会から一時的に、もしくは永遠に離れなければならなくなります。福島で見られるように仕事を失うことも多くあります。したがって放射線の影響を分析して、どの程度影響評価を保守的にするべきかを問うべきでしょう。保守的な影響評価をする代わりに、実際に放射線がどの程度有害なのか、適切な評価をすることが、より意味のあることなのです」

しかし研究者らは、避難基準を見直すにはより多くの研究が必要と述べている。

明らかにこれらの研究は、人ではなく動物で行わなければならない実験ではありますが、多くの研究で、ネズミと人は、放射線には類似した反応を共有することが示されています。したがってこの研究は、これから行われるべき研究の枠組みと、慎重に配慮した避難のための計画を示すものになるでしょう」

そして「興味深いことに、およそ10万人もの住民を避難させたにも関わらず、日本政府はもっと多くの人を避難させなかったことについて批判されました。私たちの研究から、避難をしなかった人々において過度のDNA損傷はないであろうと予測できます。これは、私たちの実験室で最近開発された技術でテストできることです」とエンゲルワード氏は付け加えた。

これらの研究の第一執筆者は、前MITポスドクのウェルナー・オリピッツで、生物工学学部のレオナ・サムソンとピーター・ディードンと共同して行われた。これらの研究は米教育省とMITの環境健康科学センターの支援を受けている。

(2012年6月25日掲載)

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