エネルギー政策の「国民的議論」に向けて
GEPRの提携する NPO国際環境経済研究所の澤昭裕所長のブログを転載する。
(本文)
「国民的議論」とは便利な言葉だ。しかし、実際のところ何を表しているのか不明確。そのうえ、仮にそれに実体があるとしても、その集約方法についてコンセンサスがあるとは思えない。
特に、エネルギー政策のように、踏まえるべき視点やデータを消化することが専門家でも難しいイシューの場合、大衆討議的あるいは国民投票的な方法が意思決定になじむのかという本質的問題がある。
そして、アジェンダや選択肢は政府が提案するもの、という制約がある。確かに、何もないところから政策を議論してみろと言っても難しいが、かといって、選択肢の中で選んでくれといって「国民」側に投げつけるのも、最終決定を行う政府の責任を曖昧化させたり、責任の所在自体を不透明なものにする。
そのうえ、本当は議論しなければならないポイントは、議論されないままに終わってしまう危険性も大きい。
例えば、電力の供給不足問題だ。2030年のエネルギー基本計画のエネルギーミックスの選択肢で原子力を0%にするか、15%にするか、はたまた20−25%にするかということが議論されているが、みんな「今原子力は30%を占めていて、それをどれだけに減らすか」という頭で考えているのではないだろうか(図1参照)。
しかし実際には、現在30%ではなく、原子力は既に0%なのだ。再稼働問題が次々と解決しない限り、20−25%はおろか、(稼働後40年超の原発は止めるという)15%の選択肢さえ、実現はおぼつかないのである。
ということは、電力の供給不足問題は、時間とともに厳しくなっていくのではなく、既に足下から大変な状況が続くというのが実態なのだ。それゆえ、ここ3−5年をどうしのぐかは、現実的に切迫している問題であり、その対応策が明確にならないと、生産計画や投資・雇用計画を立てることもままならないにもかかわらず、その点は政府のどこにおいても議論されていない(図2参照)。それゆえ、「国民的議論」の話題にもなりそうになりのだ。
また、依然として「原子力」対「再生可能エネルギー」という構図で議論されていることも不可解である。原子力依存を下げる際、エネルギー政策としてもっとも重要な「量の安定供給の確保」と「経済性」を考えた判断をするなら、原子力の代替電源選択は「火力」だ。「再生可能エネルギー」を代替電源として優先選択する考え方は、温暖化対策がエネルギー政策より重要だという価値判断に基づくものでなければならない。
こうした交通整理ができていないままで、本当に「国民的議論」ができるのだろうか。
とはいえ、国民的議論に参加しないわけにはいかない。産業界・労働界は、早速次のような提言を出している。経団連などはこれからのようだが、9団体や鉄鋼業界プラス基幹労連の要望書が発表されているので、下記のリンクを紹介しておきたい。産業界の考え方も「国民」の一部であることは間違いない。こうした声が政府に届けばよいのだが・・・。
主要産業9団体連名による共同要望書
「『エネルギー・環境会議』から提示されるシナリオに対する産業界の要望(共同要望)」
鉄鋼連盟と日本基幹産業労働組合連合会連盟による共同要望書
「エネルギー・環境会議」による複数のシナリオの提示についての要望
(2012年7月9日掲載)
関連記事
-
1月9日放映のNHKスペシャル「2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」は「温暖化で既に災害が激甚化した」と報道した。前回、これは過去の観測データを無視した明白な誤りであることを指摘した。 一方で、
-
名古屋大学環境学研究科・教授 中塚 武 現在放送中のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも詳しく描かれた「石橋山から壇ノ浦までの5年間に及ぶ源平合戦の顛末」は、幕末と戦国に偏りがちなNHKの大河ドラマの中でも何度も取り上
-
アメリカ共和党の大会が開かれ、トランプを大統領に指名するとともに綱領を採択した。トランプ暗殺未遂事件で彼の支持率は上がり、共和党の結束も強まった。彼が大統領に再選されることはほぼ確実だから、これは来年以降のアメリカの政策
-
製品のCO2排出量表示 環境省、ガイドラインを策定 環境省は製品の製造から廃棄までに生じる二酸化炭素(CO2)の排出量を示す「カーボンフットプリント」の表示ガイドラインを策定する。 (中略) 消費者が算定方法や算定結果を
-
政府のエネルギー基本計画はこの夏にも決まるが、その骨子案が出た。基本的には現在の基本計画を踏襲しているが、その中身はエネルギー情勢懇談会の提言にそったものだ。ここでは脱炭素社会が目標として打ち出され、再生可能エネルギーが
-
文藝春秋の新春特別号に衆議院議員の河野太郎氏(以下敬称略)が『「小泉脱原発宣言」を断固支持する』との寄稿を行っている。その前半部分はドイツの電力事情に関する説明だ。河野は13年の11月にドイツを訪問し、調査を行ったとあるが、述べられていることは事実関係を大きく歪めたストーリだ。
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCCの報告では、20世紀に起きた地球規模での気温上昇
-
来たる4月15日、ドイツの脱原発が完遂する。元々は昨年12月末日で止まるはずだったが、何が何でも原発は止めたい緑の党と、電力安定のために数年は稼働延長すべきという自民党との与党内での折り合いがつかず、ついにショルツ首相(
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間