大気汚染での年650万人の死、半減可能ーIEA
IEA(国際エネルギー機関)が特別リポート「エネルギーと大気汚染」(Energy and Air Pollution)を6月発表した。その概要を訳出する。
[2016年6月27日] IEAのリポートによれば、エネルギー投資をわずかに増やすだけで、2040年までに大気汚染物質を半減させることができるという。すでにあるエネルギー技術と適切な政策によって、人間の健康に悪影響を与える上位から4番目の存在である大気中の汚染物質を減らせる。
世界の都市住民の8割が汚染空気にさらされる
全世界で推定毎年650万人の死亡に大気汚染は関係しており、エネルギー部門が排出量を抑制するための広範囲な対策しない限り、その死者の数は、今後数十年わたって増加し続けるだろう。大気汚染は、世界のどの地域においても、特に社会の最貧層への影響が大きい。WHO(世界保健機関)によれば世界の大気汚染を測定している都市の中で住人の80%が、呼吸する空気の質が健康に悪影響の水準という驚くべき調査がある。どの国も大気汚染の問題に向き合わなければならないのだ。
屋外の大気汚染からの早期の死亡は主にアジア地域で起こり、現在の年300万人から2040年には年450万人へ増加すると予測されている。一方で家庭内の大気汚染からの死亡(訳者注・かまどなどの調理の煙、暖房など)は、同じ期間に現在の350万人から年300万人に減少すると見込まれている。被害を受ける人々は貧困と結びつき、現代的なエネルギーを使うことができない。
今回公表されたこの特別報告書では、エネルギー、大気汚染と健康と関連を詳細に分析している。高血圧、貧しい食生活、喫煙に次いで、空気の質の悪さは人間の健康へ4番目に大きな脅威を与えているが、エネルギー部門はその悪影響を抑制することができるというものだ。
27億人が健康に悪影響のある暖房、調理場を使う
エネルギー生産と使用が大気汚染物質の排出の大半を占めている。それはたいてい、不足した、もしくは不適切な規制や、非効率的な燃料の燃焼によるものだ。粒子状の汚染物質の85%とほぼすべての硫黄酸化物や窒素酸化物が、そこから生じている。これらの汚染物質は毎年、数百万トンの量が大気中に放出されている。工場、発電所、乗用車、トラックなどからに加えて、27億人が、主に木材、木炭や他のバイオマスなどを燃やして汚染物質を発生させる暖房と調理器具を使っている。
この特別報告書の主張の中心は、この問題に注意を増やし、COP21 の後のエネルギー転換を加速させる中で2040年に向けてこれらの大気汚染物質を緩やかであっても減らすようにすべきであるということだ。しかし、問題は解決に程遠いし、世界の地域ごとの状況がかなり影響してしまう。汚染物質の排出量は先進工業国では下がり続けており、中国でも最近は、減少の兆しが見られる。しかし、インド、東南アジア、アフリカでは総じて増えているし、経済成長の影響の大きさが、空気の質を改善させる政策の努力の効果を縮小させてしまっている。
「きれいな空気は基本的な人権であるのに、世界の大半の人はそれがない」とIEAのエグゼクティブ・ディレクターのファティ・ビロール氏は述べた。 「いかなる国、貧しかろうと、豊かであろうと、大気汚染に立ち向かう責務を、完全に果たしたと主張できないはずだ。政府は何もできないわけではないし、今すぐ行動する必要がある。効果のあるエネルギー政策と技術は、世界のどこでも大気汚染を大幅に減らすことができるし、エネルギーのより広範な活用を提供し、持続可能性を向上させることができる」。
わずかの投資増で、大気汚染は大幅改善し死者は半減
空気の質を高める政策は、同じ形に定まっているわけではなく、むしろ政策の選択肢がある。このリポートはすべての関係者のために、さまざまな国の状況に合わせた戦略を提示している。ある大気汚染防止政策のシナリオでは、エネルギーへの投資をわずか7%増加させるだけで、2040年までに劇的な健康の改善をつくりだせることを示している。そのようなシナリオでは、主要なシナリオと比較して、40年に屋外の大気汚染からの死亡は2040年に年170万人、家庭の汚染からの死亡は年160万人減り、半減するだろう。
空気をよりきれいにするためIEAの戦略は、効果の証明された複数の政策を実行することが必要と推奨している。2040年までに18億人の人々が、汚染した空気を発生させない調理設備を使えるようにすることは、途上国における大気汚染物質の削減のために不可欠の行動だ。大気汚染物質の排出管理と発電部門におけるエネルギーの転換は重要な対策である。また産業におけるエネルギー効率の改善や、道路交通における排出基準の整備も必要である。
全体として、こうしたエネルギーの転換を推進することで、世界のエネルギー需要は予想よりも2040年で13%低くなり、燃焼エネルギーの4分の3が大気汚染の排出規制のより適切な対象になりえる。今それは、45%程度でしかない。
「社会が経済成長と引き換えにきれいな空気を犠牲にすることを余儀なくされる必要はないことを、私たちは示したかった」と、ビロール博士は語る。「きれいな空気のためのIEAの戦略を実施することで、どの国もエネルギーに関連した大気汚染を急激に減らすことができる。また多くの国で、現代的なエネルギーの利用が容易になり、温室効果ガス排出量と化石燃料の輸入を大きく減らすことができる」という。
政策実行の注目点3つ
きれいな空気のためにそのエネルギー戦略を整理して、この特別報告書は、政府の行動のための3つの点に注目している。
1・大気の質についての意欲的な長期にわたる目標を設定するべきだ。そして、すべての利害関係者がそれを知ることができるようにして、さまざまな大気汚染の緩和の選択肢の有効性を評価できるようにする。
2・長期にわたる目標を達成するために、特にエネルギー部門での「きれいな空気政策」のパッケージを行うべきだ。これは、他のエネルギー政策にも良い影響を与えられるし、汚染物質の直接の排出を管理し規制やその他の手段などで費用対効果の高い政策を作り出せる。
3・効果的な監視、実行、評価、コミュニケーションを行うべきだ。こうしたエネルギー戦略を採用するには、信頼できるデータ、法の遵守に基づく継続した政策への取り組み、政策の改善、および素早くかつ透明性の高い情報公開が必要である。
(翻訳・石井孝明 経済ジャーナリスト)

関連記事
-
第二部では長期的に原発ゼロは可能なのかというテーマを取り上げた。放射性廃棄物処理、核燃料サイクルをどうするのか、民主党の「原発ゼロ政策」は実現可能なのかを議論した。
-
米国のウィリアム・ハッパー博士(プリンストン大学物理学名誉教授)とリチャード・リンゼン博士(MIT大気科学名誉教授)が、広範なデータを引用しながら、大気中のCO2は ”heavily saturated”だとして、米国環
-
著者は、エネルギー問題の世界的権威である。20年以上前に書かれた『石油の世紀』は、いまだにエネルギー産業の教科書だが、本書はそれを全面的に書き直し、福島事故後の変化も取り入れた最新の入門書である。
-
サプライヤーへの脱炭素要請は優越的地位の濫用にあたらないか? 企業の脱炭素に向けた取り組みが、自社の企業行動指針に反する可能性があります。2回に分けて述べます。 2050年脱炭素や2030年CO2半減を宣言する日本企業が
-
福島原発事故の後で、日本ではエネルギーと原子力をめぐる感情的な議論が続き、何も決まらず先に進まない混乱状態に陥っている。米国の名門カリフォルニア大学バークレー校の物理学教授であるリチャード・ムラー博士が来日し、12月12日に東京で高校生と一般聴衆を前に講演と授業を行った。海外の一流の知性は日本のエネルギー事情をどのように見ているのか。
-
トランプ政権のエネルギー温暖化対策やパリ協定への対応に関し、本欄で何度か取り上げてきたが[注1]、本稿では今年に入ってからのトランプ政権の幹部人事の影響について考えて見たい。 昨年半ば、米国がパリ協定に残留するか否かが大
-
米国でのシェールガス革命の影響は、意外な形で表れている。シェールガスを産出したことで同国の石炭価格が下落、欧州に米国産の安価な石炭が大量に輸出されたこと、また、経済の停滞や国連気候変動枠組み交渉の行き詰まりによってCO2排出権の取引価格が下落し、排出権購入費用を加えても石炭火力の価格競争力が増していることから、欧州諸国において石炭火力発電所の設備利用率が向上しているのだ。
-
今春、中央環境審議会長期低炭素ビジョン小委員会がとりまとめた報告書では、長期の脱炭素化に向けた施策の中核としてカーボンプライシングを挙げている。この問題については、今後、国内的にも様々な議論が行われることになるだろう。そ
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間