温室効果ガス26%削減は不可能である
政府は2030年までに温室効果ガスを2013年比で26%削減するという目標を決め、安倍首相は6月のG7サミットでこれを発表する予定だが、およそ実現可能とは思われない。結果的には、排出権の購入で莫大な国民負担をもたらした京都議定書の失敗を繰り返すおそれが強い。
非現実的なエネルギー・ミックス
約束草案要綱をみると、エネルギー起源のCO2を2030年までに25%減らすことになっている。その前提として想定されるエネルギー・ミックスは、次のようなものだ。
・再生可能エネルギー:22%〜24%程度
・原子力:22〜20%程度
・石炭:26%程度
・LNG:27%程度
・石油:3%程度
これが実現できると、電力に由来するCO2の排出量は34%も減り、エネルギー全体で25%減らせるという。しかし問題は、これが実現可能かということだ。再生可能エネルギーは、震災前10年間の平均で電力の11%だが、そのうち9%は水力で、これはほとんど増えないと予想されているので、残りの13〜15%を太陽光などの新エネルギーでまかなうことになる。
これはやろうと思えば、できないことはない。固定価格買取制度(FIT)によって高価格を保証すれば、巨額の設備投資が行なわれるだろう。現に太陽光パネルの設置が激増したため、電力会社が新規の買取を中止したほどである。問題は、そのコストが電力利用者に転嫁されることだ。
杉山大志氏の計算によれば、太陽光でCO2を1%減らすには、約1兆円かかるという。つまり太陽光を増やすことは10兆円以上の国民負担になるということだ。
CO2を減らすもっとも効率的な手段は原子力である。2010年のエネルギー基本計画では、2030年までに電力の53%を原子力で発電する計画だった。これならエネルギーコストむしろ下がる可能性があり、温室効果ガスの削減で経済成長を阻害する心配はなかった。
しかし鳩山内閣で閣議決定されたこの計画を野田内閣がくつがえし、2012年に「革新的エネルギー・環境戦略」なるものを発表した。これは「2030年代までに原発をゼロにする」という実現不可能な目標を打ち出したが、内容が余りにも荒唐無稽なために閣議決定できなかった。
目標達成には原発を正常化するしかない
今の段階で原子力はゼロだが、それを2030年までに22〜20%にすることができるのだろうか。このためには30基程度の原発が稼働する必要があるが、原子力規制委員会の安全審査は大幅に遅れており、審査開始から3年近くたっても1基も動いていない。このペースでやると、あと15年で15基の審査を終えるのが精一杯だろう。つまり原子力の構成比は、10%ぐらいにしかならない。
この穴を埋めるのは、おそらく石炭火力だろう。上のエネルギー・ミックスに比べて石炭の構成比が30%以上に増えるおそれが強い。これによって再エネによるCO2削減効果は打ち消され、現状維持がやっとだろう。
それが京都議定書で起こったことである。この条約が2002年に国会で審議されたとき、私は経済産業研究所で「日本の1990年比6%減という目標の実現は不可能だ」と批判したが、国会は全会一致でこれを批准してしまった。
その結果、どうなっただろうか。次の図のように、2013年の温室効果ガス排出量は、1990年より10.8%も増えてしまったのだ。このため京都メカニズムで排出権を中国などから購入して、削減目標を達成した。
この図で明らかなように、CO2の排出量は経済成長とパラレルである。2009年にはリーマン・ショックでマイナス成長になったため、排出量が減ったが、2011年以降は原発を止めたために大幅に増えた。2005年度比で3.8%は、原発を止めたことによる損失である。原発を正常化しない限り、26%削減などという目標は達成不可能である。
(2015年5月25日掲載)
関連記事
-
影の実力者、仙谷由人氏が要職をつとめた民主党政権。震災後の菅政権迷走の舞台裏を赤裸々に仙谷氏自身が暴露した。福島第一原発事故後の東電処理をめぐる様々な思惑の交錯、脱原発の政治運動化に挑んだ菅元首相らとの党内攻防、大飯原発再稼働の真相など、前政権下での国民不在のエネルギー政策決定のパワーゲームが白日の下にさらされる。
-
政府が2017年に策定した「水素基本戦略」を、6年ぶりに改定することが決まった。また、今後15年間で官民合わせて15兆円規模の投資を目指す方針を決めたそうだ。相も変わらぬ合理的思考力の欠如に、頭がクラクラしそうな気がする
-
第6次エネルギー基本計画の素案が、資源エネルギー庁の有識者会議に提示されたが、各方面から批判が噴出し、このまま決まりそうにない。 電源構成については、図1のように電力消費を今より20%も減らして9300~9400億kWh
-
失望した「授業で習う経済理論」 第4回目からはラワース著「ドーナツ経済」(以下、ラワース本)を取り上げる。 これは既成の経済学の権威に挑戦したところでは斎藤幸平著『人新世の「資本論」』(以下、斎藤本)と同じだが、仮定法で
-
~厳しすぎる土壌環境基準、環境対策にお金と時間をかけすぎてはいけない~ 豊洲市場に水道はあるの? 小池百合子東京都知事の登場で、豊洲市場予定地の安全問題について、私の周囲にいる高齢者の女性たちの関心も高まり、昨年の秋口は
-
アゴラ・GEPRは9月27日に第3回アゴラ・シンポジウム「災害のリスク 東日本大震災に何を学ぶか」を開催しました。その映像を公開しました。東南海地震とエネルギーのリスクを専門家が集い、語り合いました。内容の報告を近日中に公開します。
-
日本は世界でもっとも地震の多い国です。東海地震のリスクが警告されている静岡を会場に、アゴラ研究所はシンポジウムを開催します。災害と向き合う際のリスクを、エネルギー問題や環境問題を含めて全体的に評価し、バランスの取れた地域社会の在り方を考えます。続きを読む
-
東日本大震災で日本経済は大きなダメージを受けたが、混乱する政治がその打撃を拡大している。2013年の貿易収支は11兆4745億円の赤字となり、これは史上最大である。経常収支も第二次石油危機以来の赤字となり、今後も赤字基調が続くおそれがある。円安にしようと大胆な金融緩和を進め安倍政権が、エネルギー危機を呼び込んだのだ。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間