放射線防護の革命を今こそ — より安全で安価な原子力利用のために

2013年01月07日 16:00
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オックスフォード大学名誉教授(物理学)

福島事故、混乱は避けられた

日本の福島第一原子力発電所からの放射能漏れ事故についての報道は、安全について明らかに恐ろしいメッセージを伝えた。そして世界中の産業界、政府そして市民は決してこのような事故を起こしてはならないという反応を示した。

しかしこれには慎重な検証が必要だ。どこで、そしていつであっても福島のような事故は避けなければならないが、同様の事故が起こったとしても、世界的な災害になることは必ずしも意味しないのだ。

人間が活動するさまざまな分野に置いて、通常は生命の損失を伴う特別な事故が起きるが、原子力技術の場合にはまれである。「放射線防護」あるいは「対放射能安全策」といわれる原子炉と放射線の人体への影響との間には、混乱があり続けてきた。

過去60年のすべての原子力発電をめぐる主要事故–ウィンズケール(1957年)、スリーマイル島(1979年)、チェルノブイリ(1986年)、そして今回の福島(2011年)において、原子炉の大事故、事故が起こった場合の生命の維持について、問題がないことは明白である。(注1)それにも関わらず、政府や国際機関の見解は、この現実と危惧との差異について明確にしようとしない。

原子力技術に対する深い嫌悪感は、冷戦時代に大衆の心に植えつけられ、最近の原子炉の破壊の写真映像や報告により強化されてしまった。しかし、そのような嫌悪感は放射線の人間への直接的な影響と、釣り合ってはいないのだ。福島では事故から21カ月後にして、遅ればせながら国連によってその結果が確認されたが、事故の数週間後には十分問題がないことは分かっていた。

その後に日本で続いたパニックは、回避することができるものであった。(注2)福島では放射線による健康への影響は現時点で発生しておらず、今後50年間にも予想されない。(注3)事故直後の強力なリーダーシップの不在が、市民を狼狽させ、情報の空白を埋めるために野放しに社会的不信を招いた。それ自体が人命の損失深刻な社会的ストレスや経済的被害につながった。(注4)

(注1)Oxford Magazine “Life and Nuclear Radiation: Chernobyl and Fukushima in Perspective” (May 2011), (Slide)
also publ. Europ J Risk Regulation Volume 3 (2011) 373
(注2)アリソン氏のBBCへの寄稿もしくは寄稿 Philosophy & Technology: Volume 24, Issue 2 (2011) 193
(注3)アリソン氏の「放射能と理性」のサイト。
(注4)米MITの研究

生物の防護システムの意外な強さ

根本的に、放射線は生命に強い影響を与える。生命を保つ力は一見すると弱々しいが、それでも放射線を浴びた場合の生命の強い回復力は驚きである。ただし4億年の進化の中で、生命が強力な外部からのさまざまな攻撃に耐えて、生き残れるように多く巧みな防御手段を進化させる時間があったことを考えれば、その強さは当然かもしれない。

最初に登場した植物、後からは動物の細胞も保護するようになるこうした免疫システムは、無意識に行われるものだ。抗酸化物質の作用、DNA修復、細胞死、異物と認識された細胞に対する長期的免疫保護など、生命を守るシステムについて、最近の生物学的研究において多くの研究がなされている。

それぞれの生命体が生まれてから死ぬまでの間にDNAをコピーし、置き換わる機能を持つ生物の細胞の全体のデザインは、外からの物理的、科学的要因による攻撃に対して、種の生存を守るために最適化されている。そういうわけで、人と他の生命体が、低線量もしくは適度な放射線レベルを無事に生き残るのも不思議ではない。(注5)自然に対して生物の細胞は上手に対応している。放射線を適度な量を浴びた場合では、生命の適応メカニズムによってそれから防護される。(注6)

放射線量がとても高いときには防護は失敗し、生細胞はそれが引き起こす損傷を修復することができない。そのような高線量の放射線はがん細胞を殺すために放射線治療の臨床で使われている。そのような治療に使用される放射線は、体内の放射線源からあるいは外部から照射される放射線であろうと、毎週数百、数千ものがんを治し、あるいは緩和、救済している。この高線量の放射線の有益な使い方は、その名が世界中で尊敬されているラジウムの発見者のマリー・キュリーと関連付けられて知られている。

例外的なことだが、がんは急激に高い放射線量を浴びることが原因で発生することがある。太陽からの過度の紫外線も同様である。太陽はそれ自体が原子炉のようなものだ。非論理的なことだが、放射線を気にする人々の中には、暗闇よりもむしろ太陽の下での休日を求める。

適度に日光にあたることは健康的だが、皮ふがんは特にアメリカでは深刻であり、毎年3000人が死亡している。幸いなことかもしれないが、この問題について過剰な干渉をする国際委員会がなく、ただ常識的なアドバイスが医師や薬剤師から家族に与えられているのだ。皮ふがんの危険性は、全世界的なものではないし、一般の放射線への恐怖と違って、ありがたいことに人々を怖がらせるものではなく、どの経済大国をも危険にさらすものではない。

(注5)Doses below 100 mSv are affirmed as harmless by the medical profession(AAPM)(「100ミリシーベルト以下の放射線は、医療従事者の健康に害はない」アメリカ医療物理協会)
(注6)これは生物学、医学の専門家によって、2012年のアメリカ核物理学会の会議における低線量被曝の会議で示されている。次のサイトで概要が示されている。

過度の恐怖が、無駄なコストを社会に広げる

太陽光と原子力による放射線は密接に関連しているが、原子力のみが汚名を抱えている。しかし、この区別にはいかなる科学的理由は存在しない。冷戦時代に抗議者あるいは活動家たちの批判を受けたために、各国政府は今日でも 核放射線の安全レベルは自然レベルのそれの微増に抑えるという、ALARA (As Low As Reasonably Achievableの頭文字)として知られる「合理的に達成可能な限り低く」することを勧告しているICRP(国際放射線防護委員会)からの国際勧告に頼るようになった。

これは科学的な安全レベルの規制ではなく懐柔策である。ALARAの原則は、独断的な警告であり、最近の生物学的な理解の進展や他のもっと危険なリスクの影響を無視している。その上にこれは安心を提供することに成功していないし、この勧告それ自体が危険と判明した。国連、WHOその他によって、チェルノブイリ事故時における避難や食品規制は、社会的ストレス、経済損害と人命に犠牲を与え、放射線そのものより有害だったことが、指摘されているのだ。(注7、注8)

これらの公表された報告は、日本では読まれなかったのかもしれない。日本経済に不可欠であり、環境にも有益な原子力発電所の停止を含め、福島で同様の判断の誤りが繰り返されてしまった。同時に、利益や理由もなく、世界中の当局が原子力の安全性の本能的追求に参加し、従業者のストレスの増加、納税者、消費者が負担することとなる将来のコストの増加を招いている。

(注7)Health effects of the Chernobyl accident and Special Health Care Programmes. Report of the UN Chernobyl Forum,World Health Organization.

(注8)Dagens Nyheter (2002). Article published in the major Stockholm morning paper on 24 April by Swedish Radiation
Protection Authority. English translation
.

規制強化で起こる混乱

一連の混乱をよく表す例として2012年12月、英国で原子力産業の検査官を長年務めていたある人物から、多くの人に送られた電子メールがある。それで次のようなことが書いてあった。

「放射線防護の強化で施設従業員の悪影響は二つあります。一つは放射線防護への懸念が労働安全性の配慮を上回ることです。一例として、比較的高温の環境下において我々4人は鉛ジャケットにプラスティック裏地のタイヴェック・スーツで作業をしていました。放射線の危険は取るに足らないものでしたが、我々のうち二人はいきつくのが難しい場所で暑さにより気絶しそうになりました。

次の例は、壁にとりつけられたはしごを登るスタッフがいましたが、はしごの段には足を置く場所がほとんどなかったのです。彼らはスチールのつま先のついた靴を履くことが義務付けられていましたが、それは内側がゴムで“フリーサイズ”となり、更に紙のブーツを履くものでした。余分の一枚は汚染管理の名の下ですが、私は、8メートル下の配管の上に落ちてしまうことの方がはるかに心配です。

二つ目の問題は、心理的ストレスの増大です。検査スタッフを心配させてしまい、仕事ができなくなっています。ある作業で、放射線防護スタッフとの協議の上、検査スタッフに仕事をしてもらうことを納得してもらいました。その仕事の被曝量は規則で認められている許容線量のわずか4%にすぎなかったのです。放射線を増やさない努力を増やしているにもかかわらず、原発に関係する作業員が低線量の被曝を心配するようになっています。

ALARAの原則は、遂行するすべての組織において生産性を下げ、ストレスレベルを上げています。これによって、原子力産業すべてが止まりかねません。これを防ぐのは難しいですが、私は頑張ります」。

この証言は、不安を和らげるために意図された安全上の制限が、全く正反対の効果をもたらしてしまっていることをあらわしている。労働者への放射線規制と個人的なストレスは組み合わさってコストを吊り上げ、専門家たちのモチベーションを削いでしまう。これらは何のメリットをもたらすことなく、経済的に有害である。

「科学は熱狂と迷信に対する偉大な解毒剤だ」— アダム・スミス

原子力は欠点を持っていないエネルギーである。誤解という束縛やALARAに誘導される規制から解放されれば、それは安価で、その廃棄物も大きな問題とはならないだろう。

バイオあるいは化石燃料廃棄物と異なり、核廃棄物は揮発性がなくまた環境中に放出されない。その性質上、核反応は「野火のように広がる」ものではなく、またバイオ廃棄物のように病気が伝播することもない。核廃棄物は有害化学廃棄物のようにいつまでも影響が残ることはない。

同量のエネルギー生産のための核廃棄物は化石燃料のそれの1万分の1程度であり、一度冷却分離されれば、単に数百年埋めるだけで、安全に廃棄することができる。実際のところ原子力を中止させる議論と比べれば、その危険性に注目して火力発電の使用を中止する議論の方に正当性があるほどだ。

洞穴で暮らしていた人類の先祖のなかで、安全性に配慮して火の使用に反対し、調理されない食物と寒さと湿気の悲惨な生活に戻った火の使用の慎重がいたとしたら、それは大きなミスを犯しており、おそらく結果として滅んだであろう。今日の議論において原子力に反対の論陣を張る人は、科学的に擁護できる強い根拠をもっていない。

ICRPによる極端に保守的な勧告のみが、ALARAを原子力安全のための原則として支持しつづけている。しかし現在はその信憑性が疑われているにもかかわらず、官僚的な構造の放射線防護体制の基準になっている。現在の「安全」基準は、科学の根拠のないものであり、「中世的」な放射線への恐怖から生まれた。

不合理な規制の実施に費やされる資金かつ状況を説明するが公教育に再配分されれば、公共の安全基準は、完全に安全に、現在の年間1ミリシーベルトから毎月100ミリシーベルトに緩和することができるだろう。(注9)社会は、恐れも二酸化炭素もない、安価な原子力エネルギーの恩恵を享受することができるのだ。

しかし、どの政府もまだこの当たり前のことを行う自信を持っておらず、代わりに段階的に完全に原子力発電を廃止するか原子力を不合理に高価なものとするまったく不必要な追加の「安全」対策を計画、あるいは大気への影響が石炭よりも少しだけ少ない天然ガスに頼っている。

これは狂気と言えよう。気候変動の影響が顕著な百年後を迎えるであろうときに、人類の文明がそれを切り抜ける可能性は下がっている。私たちは科学的な判断をすることで、より適切にこれを切り抜けることができる可能性がある。残念なことに、大きな虚偽が国際的に定着し、いくつかの専門分野にまたがっている場合には、それを是正することが困難である。

一般的に権力の座にあるものは科学を理解していない。しかし、新たな繁栄は、過去でもそうであったように科学にかかっている。最初にALARLAの遺物を破棄し、適切な安全性をもった安価な原子力技術を取り入れる国は大きな報酬を手にするだろう。

放射線は電源としてだけでなく、この技術は、淡水化により無限の真水、冷凍することなく放射線照射による無害な方法で安いコストで食物保存もできる。

世界はこうした機会を必要としているのに、ALARAの考え方が立ちはだかっている。経済学者のアダム・スミスは「科学は熱狂と迷信に対する偉大な解毒剤だ」と述べているが、原子力への恐怖はそのような迷信であり、厄払いの機が熟したのだ。

(注9)この議論は、アリソン氏の著書「Radiation and Reason」 (2009)(邦訳は徳間書店)で展開されている。

(2013年1月7日掲載)

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オックスフォード大学名誉教授(物理学)

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