今後どうなる?日本の温暖化対策(上)
座談会出席者
山地憲治(地球環境産業技術研究機構(RITE)研究所長)(司会)
有馬純(東京大学教授)
長谷川雅巳(日本経済団体連合会 環境本部統括主幹)
すべての国が参加する枠組みであるパリ協定の合意という成果を挙げたCOP21(国連・気候変動枠組み条約第21回締約国会議)。そして今後の国内対策を示す地球温暖化対策計画(温対計画)の策定作業も始まった。この影響はどのように日本の産業界、そしてエネルギー業界に及ぶのか。3人の専門家を招き分析した。
12月にまとまったCOP21の骨子は次の通りだ。
▼産業革命前からの気温上昇を2度未満に抑える。1.5度未満になるよう努力する。
▼できるだけ早く世界の温室効果ガス排出量を頭打ちにし、今世紀後半に実質ゼロにする。
▼2023年から5年ごとに世界全体の削減状況を検証する。
▼全ての国に削減目標の作成と提出、5年ごとに現状より向上させる見直しを義務付ける。
▼温暖化被害軽減のための世界全体目標を設定する。
▼先進国に温室効果ガス削減と、影響緩和のための途上国支援の資金拠出を義務付けるが、他の国も自発的に拠出することを勧める。目標額は盛り込まなかったが、拠出額は現在よりも多い額を目指す。
▼国際協力による削減を支援し、ある国での削減量を自国の削減に加えられる二国間クレジット(JCM)を認めた。
(以下本文)
評価されるべき全加盟国の参加
山地・COP21をどう評価しますか。有馬さんは歴戦の交渉官であり、締結は感慨深いのではないですか。
有馬・京都議定書から18年経過し、すべての国が参加する枠組みができたことは確かに感慨深いです。温暖化交渉は、地球のためという美しい話だけではなく、各国の国益が絡み合う場です。
特に、従来独自の姿勢を貫いてきた米中の協力と締結への努力が印象的でした。両国とも従来は気候変動交渉で独自の姿勢を貫いてきました。オバマ米大統領は2016年の任期が終わる前に、米国が参加しなかった気候変動の国際協定で中心的役割を果たし、合意をまとめたという実績が欲しかったのでしょう。
中国は2009年のCOP15コペンハーゲン会議で「大暴れ」とも言えるような合意形成を妨げる動きをしましたが、今回は違いました。国内で深刻化する大気汚染対策の取り組みで、CO2の排出削減が可能と考えたのでしょう。また拡張主義が世界的に批判を集める中で、大国として国際枠組みを米国と協調しつくることは、共産党政権の良いPR材料となります。
一方で、途上国の代表格となったインドは、削減義務を和らげることや、資金援助などを主張する中心的存在になりました。しかし、会議を壊すという意図はありませんでした。京都議定書のようなトップダウン型の数値目標を掲げる制度は成立しづらく、ボトムアップ型の仕組みづくりへの共通理解が参加者の間でありました。
長谷川・今回は議長国フランスが、テロ事件後のCOP21を必ず成功させるという強い意志を示し、適切な運営をしました。コペンハーゲンの際は最終局面で各国首脳が現地入りし、自らが交渉せざるを得ない状況に陥りました。今回、首脳らは会期の最初に各国首脳が登場し、成功に向けて雰囲気を醸成する役割を果たしました。また事前の米中、仏中の合意で、中国のコミットが引き出されていた点も大きかったと思います。
2度目標が時限爆弾に
山地・パリ協定は、プレッジ・アンド・レビュー(制約と審査)によるボトムアップ的な取り決めで結ばれました。一方で、「2度目標」「1.5度を追求」というトップダウンの目標も定められました。こういうハイブリッドな形の協定は、どのように影響していくのでしょうか。
有馬・設計思想の上では、グローバル・ストックテイク(国際的な検証)により両者が収斂(しゅうれん)することになっていますが、私はそうならないとみています。2度に抑えるのは、ほぼ不可能です。国際環境NGOや温暖化の影響が強いとされる島嶼国の世論に配慮したのかもしれませんが、温度目標は将来的に“時限爆弾”となるかもしれません。
協定全体をみると途上国への配慮が目立ちます。25年までに1000億ドルを下限とする新たな資金導入目標をつくるとか、審査でも先進国とは違った配慮をするなどが、その事例です。今後のルール作りでは、先進国のみに厳しく、途上国に過度に甘い形にしてはなりません。
山地・IPCCは気温上昇を1.5度未満に抑える道筋を示すよう求めていますが、その実現性についてきちんとした論文を書くことを研究者は努力すべきです。政治家だけでなく、研究者も頑張らないといけません。日本、特にエネルギー業界や経済界にとって協定はウェルカムな内容でしょうか。
長谷川・京都議定書から比べると、ウェルカムといえます。経団連の自主行動計画と、ほぼ同じ考えであるプレッジ・アンド・レビューが国際的な枠組みの中で唱えられたのは大きな成果です。日本の経済界の取り組みでは、行動計画はレビューを受け、PDCA(計画、行動、審査、是正)を回して実効性を上げています。
国際的な枠組みでも、今後は国際レビューを通じて実効性、公平性を確保していく必要があります。日本企業の排出削減への努力は当然としても、それには他国との競争条件が平準化されることが必要です。
温度目標については、どの程度の温室効果ガスの排出量の増加で気温がどの程度上昇するか(気候感度)が完全に解明されておらず、科学的知見の深化が待たれます。
山地・二国間クレジット(JCM)による国際協力も、今度の協定には組み込まれています。
有馬・これは歓迎すべきで、さらに技術面での協力も重視することが盛り込まれました。省エネ技術を持つ日本には有利になるだろうし、産業界の利益にもなります。しかし、これも制度次第で使い勝手が悪くなる可能性もあり、慎重に制度設計を進めるべきです。
以下(下)に続く。
(この記事はGEPRの編集者石井孝明が取材し、エネルギーフォーラム2月号に掲載した原稿を同誌の許可を得て転載した。許諾いただいた関係者の皆さまに感謝を申し上げる)
(2016年2月15日掲載)
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